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備中高松城跡と水攻め:豊臣秀吉の知略が生んだ歴史の跡をたどる

🍑 岡山県|2026/5/14

備中高松城跡と水攻め:豊臣秀吉の知略が生んだ歴史の跡をたどる

岡山県岡山市北区に位置する「備中高松城跡(びっちゅうたかまつじょうあと)」は、1582年(天正10年)に豊臣秀吉(当時は羽柴秀吉)が毛利氏に対して行った「高松城の水攻め」の舞台として知られています。日本三大水攻め(高松・忍・太田)の一つで、城攻めの奇策として軍事史に名を残しています。

水攻めの経緯と「中国大返し」

高松城を守っていた城主・清水宗治(しみずむねはる)が籠城する城を落とすため、秀吉は周囲の農地を水没させる大規模な堤防(石井山の堤防)を築きました。完成した堤防は全長3キロに及び、城は水に囲まれ孤立します。その最中に「本能寺の変」の急報を受けた秀吉は、和議を結んで急いで引き返す「中国大返し」を行いました。

史跡と記念館

現在、城跡は公園として整備されており、「石井山頂展望台」や「蛙ヶ鼻築堤跡(かわずがはなちくていあと)」などの史跡が残っています。近くには「高松城址史料館」があり、水攻めにまつわる資料を展示しています。

吉備路めぐりの拠点

高松城跡は、周辺の吉備津神社・造山古墳・鬼ノ城などを巡る「吉備路めぐり」の拠点としても最適なロケーションです。

アクセス

JR吉備線(桃太郎線)・備中高松駅から徒歩約15分。岡山駅から約20分。

📍 場所・アクセス

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地図データ © OpenStreetMap contributors

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